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カテゴリ: K-POPグループ

ソテジワアイドゥル

最終更新: 2026-09-18 10:40 UTC ウィキペディア原文履歴

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韓国のヒップホップアイドル

ソテジワアイドゥル(서태지와 아이들)
出身地 韓国
ジャンル K-POP、ヒップホップ、ラップ・ロック、オルタナティヴ・ロック、オルタナティヴ・メタル
活動期間 1992年-1996年
レーベル イェダン企画(バナナカルチャー)
メンバー ソ・テジ
ヤン・ヒョンソク
イ・ジュノ

ソテジワアイドゥル(朝鮮語: 서태지와 아이들)は、韓国で1991年に結成され、1992年から1996年まで活動した男性アイドルグループである。

アルバム全作でミリオンセラーを達成し[1]、当時の韓国音楽界の流れを変え、現在のK-POPへ繋がる重要な役割を果たしたグループである。ヒップホップとR&Bを絶妙に融合させたダンスポップで人気を博した。それまでバラードやトロット(演歌)が主流であった韓国音楽界にアイドル・ダンス・ブラックミュージック等の革命を起こしたとされ[2]、今なお伝説のグループとして韓国内の同業者からの支持が厚い[3]。「ソテジ」はリーダーの人名であり、「ワ」は「と」、「アイドゥル」は「子どもたち」の意である。したがって日本語としては「ソテジと仲間たち」程度の意味である。

1. 経歴

1.1. 韓国での活動

  • 1991年9月 - ソテジワアイドゥル結成。
  • 1992年3月14日- ソ・テジ、イ・ジュノ、ヤン・ヒョンソクの3名でデビュー。デビューアルバムである『Seo Taiji and Boys』は収録曲「僕は知っている(ナン・アラヨ、난 알아요)」のヒットもあり、150万枚以上の販売を記録。その年最高のスターとして頭角を現した。このアルバムは韓国音楽界において初めてラップ音楽を商業的に成功させたという評価がされている[4]。このラップブームは相次いでデビュー、ヒットしたDEUX、DJ DOC、キム・ゴンモ、Roo'Raといったミュージシャンに引き継がれた[5][6]。
  • 1992年12月 - ミニアルバム『LIVE & TECHNO MIX』を発売。
  • 1993年6月 - 『Seo Taiji and Boys II』を発表し、このアルバムも200万枚以上の販売を記録した。伝統音楽とラップ、ヘヴィメタルを融合した作風の『ハヨガ』が大ヒットした。このアルバムの発売後、一時期日本において活動。フジテレビ系の音楽番組アジアNビートでも紹介された。
  • 1994年1月 - 前年12月のクリスマスコンサートを収録した『'93 마지막 축제』を発売。
  • 1994年8月 - 『Seo Taiji and Boys III』を発表し、これ以降ダンスミュージックからロックへとスタイルを変えた。かつて新羅の北に位置した渤海国を現在の朝鮮民主主義人民共和国になぞらえ、南北統一問題を韓国社会に喚起。当時統一問題に無関心であった韓国の若年層に強烈なメッセージを残した。このアルバムは予約だけで100万枚を超えたといわれる。
  • 1995年3月 - ライブアルバム『'95 TAIJIBOYS CONCERT 다른 하늘이 열리고』を発売。
  • 1995年10月 - 反体制を歌う「ギャングスタ・ラップ」というジャンルを韓国で初めて紹介した『Seo Taiji and Boys IV』を発表した。このアルバムに収録された『時代遺憾(シデユガム、시대유감)』が歌詞検閲制度により不適当と判断されると、アルバムから歌詞を一切削除し発売するという波乱があった。これを機に同制度は撤廃に向かったといわれる。
  • 1996年1月 - すでにカリスマ的地位を確立し人気絶頂であったが、突然グループの解散と引退を宣言した。
  • 1996年2月 - ベストアルバム『GOODBYE BEST ALBUM』を発売。一部の曲では不適切な歌詞の部分に修正(ピー音)が施された。
  • 1996年6月 - 出版物検閲制度が廃止され、記念としてミニアルバム『時代遺憾』を発売。前述の「時代遺憾」はインストにてリリースされることとなったが、このアルバムの発売では歌入りとなった。
  • ソ・テジは引退状態の後1998年7月にソロアーティストとして復帰(以降の経歴はソ・テジの項を参照)、ヤン・ヒョンソクとイ・ジュノはそれぞれ音楽プロデューサー業へ転向し、ヤン・ヒョンソクはYGエンターテインメントの代表、イ・ジュノは1996年から2012年まで活動した男女混成ダンスグループYoung Turks Club(영턱스클럽)のプロデューサーとして知られる。

1.2. 日本での活動

  • 1994年10月 - アンティノスレコードから日本独自編集盤『ソテジワアイドル』(『Seo Taiji and Boys』と『Seo Taiji and Boys II』から9曲を収録)を発売[2]。来日しテレビ番組にも出演。
  • 1995年1月 - 『Seo Taiji and Boys III』が日本でも発売される。

2. ディスコグラフィー

2.1. アルバム

  • 「Seo Taiji and Boys」(発売:1992年3月23日)販売枚数約180万枚
  • 「Seo Taiji and Boys II」(発売:1993年6月21日)販売枚数約220万枚
  • 「Seo Taiji and Boys III」(発売:1994年8月10日)販売枚数約160万枚
  • 「Seo Taiji and Boys IV」(発売:1995年10月5日)

2.2. ライブアルバム

  • 「Live & Techno Mix」(発売:1992年11月20日)
  • 「'93 마지막 축제」(発売:1994年1月15日)
  • 「''95 TAIJIBOYS CONCERT 다른 하늘이 열리고」(発売:1995年3月27日)

2.3. ベストアルバム

  • 「Goodbye Best Album」(発売:1996年2月10日)

2.4. ミニアルバム

  • 「時代遺憾」(発売:1996年 7月10日):事前審議制度の廃止を記念して発売されたミニアルバム。「ソテジワアイドル」として発売された最後のアルバム。

3. 受賞歴

年度 受賞内容
1992年
  • TVジャーナル今年のスター賞大賞
  • ソウル歌謡大賞 「今年の歌手賞」「最高人気歌手賞」
  • 大韓民国映像音盤大賞(現・ゴールデンディスク賞)「本賞」
  • KBS歌謡大賞 「15大歌手賞」
  • MBC 10代歌手歌謡祭 「最高の人気歌謡賞」「新人歌手賞」
  • SBS歌謡大典 「大賞」
1993年
  • ソウル歌謡大賞「作曲賞」「企画賞」「今年の歌手賞」「最高人気歌手賞」
  • 大韓民国映像音盤大賞(現・ゴールデンディスク賞)「本賞」
  • KBS歌謡大賞「本賞」
  • MBC 10代歌手歌謡祭「本賞」
  • SBS歌謡大典 「大賞」
1994年
1995年
1996年
  • MTV MUSIC VIDEO Asian Viewer

脚注

  1. ↑
  2. ↑
  3. ↑
  4. ↑
  5. ↑
  6. ↑

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